大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1195号 判決

仮に認知請求権の放棄が許されるとしても、わが民法上、非嫡出子の認知は、父をして一定の扶養責任を負担させる等限定された財産的効果を生ずるに止らず、一般的な父子関係を成立させ、該関係に伴う広汎な身分法上の法律関係を発生させるものであるから、認知請求権は、啻に非嫡出子に対する財産的利益の賦与を志向するに止らず、究極的には、父子なる身分関係の形成ないし公認が非嫡子にもたらす人格的利益の保護を目的とする権利であると理解すべきである。したがつて、認知請求権放棄の有無は右のような権利の本質を弁え、慎重にこれを判断すべく、殊に認知請求権がその本質において必らずしも金銭的代償に親しむものでないことを考えると、父側から相当の対価が与えられた一事により軽々に請求権の放棄を肯認することは許されないといわなければならない。これを本件についてみるに、〔証拠〕を総合すれば、昭和二八年一〇月一四日竜伍が使者林松次郎を介してシヲに前認定の七〇万円を交付した際、被控訴人が、シヲおよび藤井瑠璃子とともに連署した林宛の「受取証」を作成し、これを林に交付したが、右受取証には「右正ニ受取マシタ今後橋本家ニ対シ一切関係アリマセヌ」なる文言が記載されていることが認められる。しかし、〔証拠〕によれば、竜伍は多年に亘り妻正に秘してシヲおよび被控訴人および藤井瑠璃子(以下「被控訴人等」という。)と交誼を続けてきたことについて深刻な苦悩を感じていたところ、たまたま中台正治から、正に対し被控訴人等との親子の交流を明らかにし、これを諒解してもらうよう進言されたので、意を決して正に打明けたところ、正から強い反対を受けたので爾後被控訴人等との交流を心ならずも断念せざるをえなくなつたこと、被控訴人等は林からこの間の消息を説明された末、己むなく竜伍の右意向を諒とし、且つ竜伍が将来の生活費として提供した前記七〇万円をシヲが受取ることを容認してシヲ共々前記受取証を差入れたものであること、当時被控訴人等は既に成人に達し大学に在学中であつたが、非嫡出子の認知制度のあることを知らず、竜伍に対し認知を求める意思はなかつたし、実際に認知を求めたこともなく、また、中台の竜伍に対する前記進言の主旨も正に対し事実を明らかにせよというにあり、認知の点にまで及ばなかつたことを認めることができ、他方、竜伍および正が被控訴人等において認知請求権を放棄することを期待し、その旨を被控訴人等に表明した事実を認めうる証拠はない。叙上の諸点に鑑れば、「今後橋本家ニ対シ一切関係アリマセヌ」との前記文言は被控訴人等が従来竜伍との間に存した親密な交流関係を将来に向つて断つことを約束するとの趣旨を記述した以上に出ないものと認めるのが相当である。

(岡部 坂井 蕪山)

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